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鎌倉殿の13人|北条時政の子どもたちの相関図

kamakura ajisai

 2022年にNHK総合の大河ドラマで放送の「鎌倉殿の13人」に関する情報です。

 前回の一幡・千幡相関図に続き、今回は小栗旬さん演じる主人公・北条義時のお父上、坂東彌十郎さん演じる北条時政の家系図・相関図を作りました。

 「鎌倉殿の13人」の主人公は時政の次男「義時」ですが、亡くなった長男・宗時(片岡愛之助)の他にも、男兄弟がいたり、娘婿がいたりします。

「鎌倉殿の13人」今後の展開は?

 現在、「鎌倉殿の13人」は第35回「苦い盃」まで放送が終了しております。

 「比企の乱」をあつかった「第31回・諦めの悪い男」の時も、一幡と千幡の名前が繰り返し出てきて、
「これは相関図(家系図)がないと、よくわならい」
 と思いました。

 ネタバレになりますが、今後、史実に基づいて考察すれば、ストーリーは「畠山重忠の乱」と「牧氏事件(牧氏の変)」に展開していくものと思われます。

 ここで中心人物となるのが牧の方。「牧の方」「牧氏」とは、宮沢りえさんが演じている「りく」のこと。

 かなり謎の多い方で「生没年不詳」。親も定かでなく、諸説あります。

「鎌倉殿の13人」宮沢りえの「りく」とは?

 牧の方(りく)は牧宗親(大岡時親)の妹という説と、娘という説があります。

 さらに兄(または父)と言われてる牧宗親は、平忠盛の正妻で、平清盛に頼朝の助命を嘆願したことで知られる藤原宗子(池禅尼)の弟という説と、甥という説があります。

 平治の乱で源頼朝の父・義朝が討たれた時に、頼朝も捕まり、処刑される寸前でしたが、池禅尼が食を断ってまで助命嘆願したため、頼朝の命は助かり、伊豆国への流罪へ減刑したのです。

 逆に言えば、頼朝の命を助けていなければ、平家も滅亡しなかった・・・かもしれません。

 それだけ、源頼朝にとっては命の恩人である池禅尼の弟(あるいは甥)の娘が牧の方だとしたら、確かに、
「今の鎌倉があるのも、私の身内の池禅尼が、頼朝様をお助けしたから」
 という「うぬぼれ」があったかもしれません。

「鎌倉殿の13人」第35回「苦い盃」頃の北条時政の家系図

 畠山重忠の乱や牧氏事件(牧氏の変)は、牧の方(りく)のうぬぼれや傲慢があったから、起こった悲劇とも言えます。

 「年老いて判断力を失った時政を、後妻の牧の方が自由に操った」という説もあり、「稀代の悪妻」との異名も残っています。

 「鎌倉殿の13人」では、牧の方の子どもは少ししか出てきませんが、実際には北条時政の後妻となってから「一男四女」の5人の子どもを生み、娘はそれぞれ有力な豪族や公家、武家に嫁がせています。

 また、夫である時政の「初代執権」の座を、息子である北条政範に継がせて(義時を閑職に追いやって)、2代目執権にさせようと目論んでいたとも言われており、その息子が第34回「理想の結婚」で急死したことから、今後の悲劇につながっていくようです。

鎌倉殿の13人 北条時政 家系図 相関図
 なお、「不明女性」は複数人いる場合もありますが、同一人物の可能性もあります。

「鎌倉殿の13人」畠山重忠と北条家の関係

 今回大河ドラマでは「ちえ」と呼ばれているのが、畠山重忠に嫁いだ「北条義時の異母妹」です(家系図赤枠の中)。

 畠山重忠は、北条時政にとっては「娘婿(むすめむこ)」、義時にとっては異母妹の夫になりますが、それ以上に「源平合戦で常に先陣を務め、奥州藤原氏攻めでも活躍し、「坂東武士の鑑」と称された人物」でした。

 元々は平家方だった畠山氏だけに、絆を深め、有力な御家人になるべくして北条時政の娘と結婚したのかもしれません。

 それにしても驚くのは北条時政の子どもの数。鎌倉ビッグダディですね。

 相関図には書きれないので割愛しましたが、他にも沢山子どもがいて、総勢15人(男子4人、女子11人)です。

 例えば、ドラマにはいっさい出てきませんが、政子には同じ母から生まれた「時子」という妹もおり、足利宗家2代当主の足利義兼に嫁いでいます。

 また、瀬戸康史さん演じる「北条時房」も北条時政の息子で、小栗旬さん演じる義時の異母弟です。

 こうなるともはや機能しているのかどうか、よくわからない合議制の「鎌倉殿の13人」の人々よりも、北条時政を頂点とした異母兄弟「北条時政の15人」のほうが気になってきますね。

「鎌倉殿の13人」八重さんは叔母だった?

 ところで、義時の最初の妻は伊東祐親の娘「八重(新垣結衣)」でした。「鎌倉殿の13人」オリジナルのストーリーかと思いきや、歴史家の中でも意見の分かれるところのようで、八重だった説、別の女性だった説、諸説あります。

 ただ、八重が本当に義時の妻だったとしたら、奇妙な事にもなります。

 義時の母も「伊東祐親の娘」、妻の八重も「伊東祐親の娘」。八重は「伊東祐親の三女」ですから、義時からは「母方の叔母」になります。叔母は三親等ですから、現代の日本の法律では結婚できませんが、かつての日本では普通に行われていた婚姻です。

 つまり、義時の最初の妻が八重だったということになると、義時は亡き母の妹と結婚したことになるのです。
 新垣結衣さんが演じていたのでつい「八重さんが綺麗でしっかり者だから、義時も惚れ込んで・・・」と思って観ていたのですが、改めて考えると、義時は亡き母の面影を、母の妹である八重さんに求めていたのかもしれません。
 義時は今で言うマザコンだった?しかしそこはあまり掘り下げて考えると、え、ちょっとまてよ・・・となるので、これ以上は考えないことにします。

 さらに、義時の相棒のような存在の三浦義村(山本耕史)もまた、「伊東祐親の娘」が母です。

 つまり、なんであんなに義時と義村が仲がいいのかというと、母方のいとこどうしなんですね。

 伊東祐親を義時や義村が「じさま」と呼んでいたのも納得で、本当に母方の祖父だったわけです。

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