2019年2月3日のテレビ朝日系で放送の番組「松本清張ドラマスペシャル『疑惑』」に関する情報です。
以下、長文となりますことご了承くださいますようお願いいたいします。
米倉涼子さん主演のドラマスペシャル「疑惑」が放送されます。
これまで何度もドラマ化されてきた「米倉涼子×松本清張」のゴールデンコンビのドラマです。
米倉涼子×松本清張
松本清張原作のドラマは、これまで何度も米倉涼子さん主演で放送されてきましたが、最初に放送された「黒革の手帖」は米倉涼子さんのイメージをガラッと変えて、その後の「ドクターX」に続く「悪女路線」を決定づけました。
その後「けものみち」、「わるいやつら」、「強き蟻」「かげろう絵図」と、どんだけ松本清張と相性いいのよというくらい、米倉涼子さんの主演でドラマ化されています。
映画版「疑惑」(ネタバレ注意)
一方、松本清張の「疑惑」は、これまで映画化が1度、ドラマ化が4度されており、2019年の米倉涼子さん主演の今回で5度目のドラマ化になります。
桃井かおり・岩下志麻主演で映画化されたものは、テレビ放送を2、3度見た記憶があります。
知らなかったのですが2012年には常盤貴子・尾野真千子のコンビでドラマ化されていたらしく、個人的に尾野真千子さんが好きな私は、このバージョンも気になります。
↓岩下志麻・桃井かおりバージョンの映画版はAmazonビデオやhuluで視聴可能です。
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懐かしくなっておよそ30年ぶりくらいにhuluで今回映画版を見返しました。
最初に見た時は高校生だったので法廷でのやり取りとか、今ひとつわからない点もあったのですが、今あらためて見ると、裁判のシーンが本当に見応えあります。
そして桃井かおりの悪女っぷり、たまりません。
映画公開当時(1980年台)から桃井かおりのファンだった私は、改めて悪女を演じたら桃井かおりと田中裕子の右に出る女優はいない。なかんずく、桃井かおりの悪女っぷりときたら!やっぱり最高!!と感動しました。
ちなみに私が好きな悪女のもうひとりは田中裕子演じる映画「天城越え」のハナ。これまた松本清張原作の物語で、悪女が殺人の疑いをかけられるお話です。
思い返せば、松本清張先生ときたら、本当に悪女がお好きなようで・・・・。
(以下ネタバレ)
映画版では桃井かおり演じる「北陸一の悪女」鬼塚球磨子こと通称「鬼球磨(おにくま)」が夫を保険金目当ての殺人で殺したのか、否かが裁判で争われます。凶悪事件であり前科4犯もある球磨子の有罪を誰もが確信していました。弁護士は次々と去り、ついには岩下志麻演じる女性弁護士・佐原が球磨子を弁護することになりますが、佐原の働きで次々と新たな証言が得られ、ついには亡くなった球磨子の夫・福太郎が事件の前の日、前妻との間にできたただ一人の実の息子に自殺をによわせる発言をしていたことが明らかになります。さらに謎とされていた車内にあったスパナと靴が、福太郎が車のブレーキを踏んでも効かないように自ら細工した道具だと判明して、結局車の海中転落事故は夫・福太郎が球磨子を伴って死のうとした「無理心中」ということが証明され、球磨子の無罪が確定します。
松本清張「疑惑」と紀州のドンファン事件
紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男 (講談社+α文庫)
これまで映画化、ドラマ化された「疑惑」のあらすじは「保険金目当てで夫を殺した疑惑をかけられた前科四犯の若妻を、国選弁護士が弁護する」というものです。
映画を見返して驚いたことは、昨年(2018年)世間を騒がせた「紀州のドンファン」の事件に、どことなく似ているということ。
「疑惑」の事故で亡くなる夫は映画では酒造会社の社長という設定ですが、紀州のドンファンこと野崎幸助さんも酒類販売業ということで酒つながり。若い妻・謎の死・お金や遺産にまつわる疑惑などなど、映画を見ているとどうしても「紀州のドンファン」を連想してしまいますが、この原作自体は40年近くも前に書かれた小説であり、別の実際にあった事件(詳細は下記に)がモチーフになっています。
【2021.5.21追記】
紀州のドンファン事件で若い妻が逮捕されましたね。この記事を書いたのは2019年なので「妻逮捕」の2年前ですが、ますます「疑惑」に話がそっくりになってきて驚いています。
原作の小説では弁護士が男性ですが、映画版では岩下志麻演じる女性弁護士になっており、今回米倉涼子版のドラマでも、映画版同様に原作の弁護士役を男性から女性という設定に変えて、米倉涼子さんが演じます。
あらすじは、前科四犯の犯罪歴がある女が夫と共に車で海に転落する。夫は死亡し、女は生き残る。
保険金目当ての殺人ではないかという疑いを掛けられた女を、国選弁護士が弁護することになるが、稀代の悪女である容疑者に翻弄されて真相はいかに・・・というストーリーです。
番組公式サイトには「2019年版ならではの新解釈で物語を描写」とあるので、映画版とは多少ストーリーが変わっているのかもしれませんが、見どころはエリート弁護士と、周囲を翻弄する悪女の対立と、法廷でのやり取り、事件の真相を追求するミステリーなどです。
ちなみに松本清張の原作では裁判の結論は出ないまま、奇妙な場面で終わっています。
それは事件の真相に気づいた弁護士の自宅に、事件をずっと追い続けてきた新聞記者がやってきて、手には鉄パイプが・・・というところで小説は終わっており、真相をうやむやにしたい新聞記者が、弁護士を殺害したのかな?という謎と、弁護士がもし新聞記者に襲われて真相が明らかにならなかったら、被疑者の若妻はその後どうなったのかな・・・というのは読者の想像に任せるかたちで物語は終わっています。
さすがに映画版では、その終わり方では後味が悪いので、裁判で決着がつくところまでが描かれています。
今回の米倉涼子のドラマ版が、原作に忠実なのか、映画版によせてくるのか、はたまた「2019年版ならではの新解釈」というのがそのどちらでもない終わり方なのかは放送までわかりません。
ちなみに映画版のラストでは弁護士役の岩下志麻さんが「極妻」(岩下志麻が極妻に主演したのは「疑惑」の4年後ですが)をすでに予感させるような凄みと貫禄を見せています。
ラストの悪女と弁護士のやり取りも映画版は秀逸で、私は久々に見て「そうそう、これこれ、このラスト!」と興奮しました。
「疑惑」原作を読んで
ここまで書いてきて、映画版も30年ぶりに見たことでどうしても原作と映画、ドラマの違いを知りたくて、「疑惑」電子書籍を早速購入して読みました。
驚いたことに原作での主人公は若妻でも弁護士でもなく、事件をずっと追い続けてきた新聞記者の「秋谷茂一」という男でした。
ある意味、映画版の脚本がどれだけよくできていたかを原作を読んで知った次第です。
原作だけ読むと、映画やドラマとは全く違う印象をもちますね。
原作では「稀代の悪女」「毒婦」と言われている女の起こした事件をめぐって、新聞記者と弁護士がやりとりする物語です。
映画を見て「紀州のドンファン」の怪死事件を思い出した私ですが、原作を読むと女の印象は「和歌山毒物カレー事件」の被疑者の女性によく似た風貌(体格が大きくてグラマーという描写)だなと思いました。六法全書をよく読んでいて、学歴はないけど頭の回転が速く、ぺらぺらとよく喋る。しかし激昂しやすいタイプで、癇癪を起こすと騒ぎ立てる・・・などの女の描写は、これまで数々の「保険金目当ての殺人」でマスコミに登場した人々に共通した人間性だと思いました。
女の有罪を疑わない新聞記者の秋谷は、裁判が始まる前から新聞にどれだけこの女が毒婦・悪女でこれまで数々の犯罪を犯してきたかを書きたてます。
「ラストは新聞記者が鉄パイプを手に・・・」という結末だけはネット上で知っていたのですが、なぜそんな結末になるのかと不思議に思いながら読み進むと、主人公の新聞記者は女の有罪を信じるあまり、悪しざまに女の過去を暴き立て、数々のゴシップ記事を書きまくったことに後悔し始めるのです。
最初の弁護士が女の毒気にあてられて体調を壊し入院。弁護士が国選弁護士に変わったことから、裁判の流れが変わり始めます。
新聞記者は、
「もし、女が無罪だったら、あれだけ有罪確定だろうみたいな記事を書きまくった自分は女から仕返しされる」
と、その恐怖にかられるようになります。
前科四犯の過去がある女は、以前自分が詐欺罪で服役した時に、「詐欺だ」と訴えた被害者を逆恨みして出所後に暴力団を差し向けお礼参りに行ったほどの執念深く人を恨むたちでした。新聞記者は、もし裁判で女が無罪になったら、センセーショナルな記事を書きたてた自分も逆恨みされ、自分だけじゃなく妻や幼い子どもたちまで女が差し向けた暴力団に痛めつけられる・・・という被害妄想に近い恐怖を抱くようになり、鉄パイプを手に有能な国選弁護士を襲撃に行く、というラストでした。
この松本清張の原作を、主人公を毒婦・鬼塚球磨子(おにづかくまこ)と国選弁護人に変え、さらに弁護士を男性から女性に変えて、法廷でのやり取りを中心のストーリーにした映画版「疑惑」は、当時数々の映画賞を受賞したのも当然といえる名作です。
おそらく新聞記者の秋谷を主人公にして、原作通りのストーリーにしたら、あそこまで面白い作品にもならなかっただろうし、その後繰り返しドラマ化されることもなかったでしょう。
ある意味、原作「疑惑」より、映画版「疑惑」が名作だったんだなと原作を読んでわかりました。
特に弁護士が女性になったことで、弁護する立場とされる立場なのに、女の対立みたいな構図も生まれて、物語が面白味を増しています。
また、映画では岩下志麻さん演じる国選弁護士はバツイチで、一人娘とは月に一度面会するだけ、という設定になっています。これも原作にない映画オリジナルの設定で、原作を読んで「なぜ、そんな設定に?」と思いましたが、映画「疑惑」の少し前に話題なったハリウッド映画「クレイマー・クレイマー」的な要素を盛り込んだのかな?という気がしました。
原作にはまったくない要素だけに、はじめは謎の設定でしたが、あの岩下志麻演じる冷徹な女性弁護士が、月に一度だけ別れた夫の元にいる娘に合うのを心の支えにしているという描写は、ラストまで見ると意味を持ってくる設定です。
ちなみに原作では主人公の新聞記者・秋谷を、映画では柄本明さんが演じています。
映画の中で新聞記者は完全な脇役で、事件のことを激しく追及する新聞記者としては描かれていますが、ラストは拍子抜けする展開で、原作とは全く違うストーリーです。
松本清張「疑惑」元ネタの保険金殺人事件(実話)
実はこの松本清張の「疑惑」、元となった実際の事件があります。
それは1974年に九州で実際にあった、保険金目当てではないかと言われている殺人事件。
容疑者となった男性は、妻子とともに車で海に転落。
自分だけは泳いで助かりますが、妻と子どもは亡くなります。
妻と言ってもその女性は3ヶ月前に再婚したばかりであり、一緒に亡くなった子どもたちは妻の連れ子で男との血縁関係はない。妻と子どもには多額の保険がかけられていました。
過去にも保険金目当ての放火事件や恐喝事件、傷害事件などを起こして度々服役していたその男は「九州一のワル」と呼ばれていたためワイドショーなどでも大々的に取り上げられて世間を騒がせた事件でした。
この事件を知ると、「疑惑」のストーリーは実際の事件にそっくりです。
ただ、実際の事件では容疑者が死刑判決を受けますが、収監中に癌で死亡。真相は闇の中と言われています。
事実は小説より奇なり、とはまさにこのこと。
↓実際の事件の詳細はこちら。
別府・3億円保険金殺人事件
ドキュメンタリーの本もあります。
一・二審死刑、残る疑問: 別府三億円保険金殺人事件
ケネディ事件とは?
映画版の法廷の場面で、被疑者の元交際相手の男性が「ケネディ事件」について言及する場面がありました。これも原作にはない映画オリジナルのストーリーです。
「ケネディ事件」は実際に起った別府三億円保険金殺人事件とも連動していて、実際の事件でも被疑者の刑務所仲間が証人として出廷し「「ケネディ事件」をヒントに保険金殺人をすると被疑者から打ち明けられた」と証言したそうです。
「ケネディ事件」とは、あの暗殺されたアメリカのケネディ大統領の弟、マサチューセッツ州選出の連邦上院議員であるエドワード・ケネディが、ケネディ大統領暗殺の翌年の1969年に起こした事件で、やはり車で男女が水中に転落し、片方だけが助かり、もう片方の同乗者は死亡するという出来事でした。
ある意味全てはここから始まっている、とも言える「疑惑」の原点となる実際の事件です。
現在は「チャパキディック事件」と呼ばれ、「チャパキディック」とは事件の起こった島の名称です。
くわしくは>>>Wikipedia「チャパキディック事件」
「鬼熊」も実話だった!
松本清張の原作を読んでわかったことですが、ストーリーの中に容疑者の女・鬼塚球磨子(おにづか くまこ)を「鬼熊」とか「女鬼熊」と呼ぶ場面があり、実際にあった「鬼熊事件」という連続殺人事件を引き合いに出す場面がありました。
原作の元となった「別府・3億円保険金殺人事件」とは無関係ですが、大正15年に「岩淵熊次郎」という男が起こした殺人事件を通称「鬼熊事件」と呼び、松本清張は容疑者の女の名前「鬼熊球磨子」をこの「鬼熊事件」をモチーフに名付けています。
原作では最初の名字は明らかにされていませんが、養女になって「鬼塚姓」になったとあります。
さすがに最初から鬼塚という名字だったら、「くまこ」という名前にはしなかっただろうけど、事情があって養女になったので名字が変わってしまって「鬼熊くまこ(通称・鬼熊)」というなんとも恐ろしい名前になってしまったのだという展開です。
くわしくは>>>Wikipedia「鬼熊事件」
ドラマを見終わっての感想
以下、ネタバレになりますので、これからドラマ(または、映画)を見る方はご注意ください。
予告段階では「2019年版ならではの新解釈で物語を描写」ということでしたが、ほぼ映画版と同じストーリーで、ラストも球磨子を道連れにして夫が無理心中を図ったという映画オリジナルのストーリーと同じでした。
残念ながら、今回の米倉涼子のドラマ版では法廷の場面がラスト30分くらいという少なさでした。
法廷場面だけが続くと退屈するのではないかという「2019年版ならでは」のテレビ局側の解釈だったのかもしれませんが、私は昨夜huluで映画を見直したばかりなので、あの永遠と法廷の裁判風景が続く映画版の方が面白かったという感じです。
それに、やっぱり球磨子は桃井かおりに勝てる人はいない。
黒木華さんも名演技ではあったけど、人間味がなかったかも。
今回のドラマ版では「球磨子にも不幸な過去があったのだから、しょうがない」という解釈でしたが、そういった情けや人間考察があまりなくて、純粋な「稀代の悪女」として球磨子を描いた映画の方が、逆に球磨子の人間性が浮き彫りになっていたなあ、と思いました。
やっぱり、桃井かおりてスゴイ。
余談ですが萬田久子の存在意義がよくわからなかった・・・・。
その他にも佐原弁護士の死んだ夫とか、球磨子の実の母とか、顔を焼いたホステスとか、2時間ドラマなのに登場人物出しすぎ。
映画版では検察側は小林稔侍一人が淡々と裁判所で球磨子を追求していましたが、検事を女性にしたり、人数も3人にしたり、とくかく人多すぎで、初めて見る人には分かりづらいストーリーになっちゃいましたね。