松本清張『霧の旗』原作あらすじ(ネタバレ)

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 今週の日曜でした(2023年6月18日)、夜、BS日テレで松本清張原作の「地方紙を買う女」の、内田有紀バージョンの2時間ドラマが再放送されました。

 その時、ワタシが過去に書いた「地方紙を買う女・原作ネタバレ」にアクセスが多数ありましたものですから気になって、
「来週も、再放送あるのかしら」
 と調べましたところ、市川海老蔵さん(現・團十郎)主演の「霧の旗」の再放送があるというので、早速原作を電子書籍で購入いたしました。(読みすぎて、口調が松本清張の小説に出てくる女調であることは、ご了承くださいまし)

目次

『霧の旗』は松本清張お得意の復讐劇

 以下、「霧の旗」の原作・映画・ドラマのネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので「結末は知りたくない」という方はご遠慮ください。

 原作「霧の旗」は、女の復讐劇である。

 松本清張お得意の、銀座の女給がエリートに復讐する話。

 清張の小説に「銀座の女給」が出てくると、だいたい会社経営者とか、病院の院長とか、銀行の支店長とか・・・それなりの成功者、権力者、エリートと言われる男性が、復讐劇によって悲惨な目に遭う。

 ワタシの私見ですが、最初、そういった作風を、松本清張自身の体験に基づいてのものと思っていた。

 銀座の夜の街の女達はみな、「したたか」で「狡猾」で「ミステリアス」。松本清張さんも、いろいろ「銀座のママ」や「銀座の女の子」に、小説ほどではないにしろ、痛い目にあったり、嘘つかれたり、騙されたり・・・・したのかな、と。

 しかし今回「霧の旗」を読み終えて、ふと感じたのは、
「これは、清張が、『もしも私が女だったら、こんな風に復讐できたのに』と思ったのかもしれない」
 と感じた。

 過去の作品で、復讐される側の男性に作者を重ねて、
「清張さんも、いろいろ痛い目に会われて、せめてもの腹いせに作品に反映しているのか」
 と思ったワタシの考えは、にわかに覆り、
「いや、ひょっとしてこれは、どの作品というわけではないが、松本清張は『銀座の女給』に自分自身を重ねているのだ」
 と思ったのだ。

 「霧の旗」の主人公・柳田桐子は、原作では「北九州のK市」から出てきた女となっている。これがまごうことなき松本清張の出身地「小倉市」であることは、原作に繰り返し出てくる「K市」の描写からわかる(ちなみに、ワタシも小倉に近い所で育った)。

 出身地が作者と同じだから、柳田桐子は松本清張の分身だ・・・と言うつもりはないが、生家が貧しかったため尋常高等小学校を卒業して働きはじめたという松本清張の、世に出るまでの苦労を想像すると、さぞかしエリートや権力者から下に見られ、差別を受け、悔しい思いをしただろう。

 わかるよー、わかる。ワタシもあのあたりから出てきて、学歴もなく、中小企業を点々として、嫌な事、悔しい思い、腹立たしい出来事が山ほどあった・・・が、さすがに復讐してやろうとは思わなかった。

「俺が女だったら、こんな方法で復讐してやる」
 という清張の怒りが、復讐劇には投影されているのではないか、そんな気がしてきたワタシは、改めて過去の「黒革の手帖」や「けものみち」など、読み返したいと思った。

松本清張「霧の旗」タイトルの意味

 松本清張の作品は内容以前に、タイトルがどれも秀逸だ。

 「砂の器」や「鬼畜」「ゼロの焦点」など、どれも読み終えて再度、タイトルの意味を深く考えてしまう。

 「霧の旗」もしかりで、読み終えてから、
「で、霧の旗て、どういう意味なんだ?」
 と考えてしまう。

 「霧」という語彙が唯一、作中に出てくる場面がある。

 弁護士の大塚欽三が、愛人の径子(みちこ)と箱根に小旅行に出かける。

 部屋で径子が湯殿から戻るのを待っている間、大塚欽三は窓の外の箱根の山景色に漂う「霧」を見つめ、物思いにふける。湯殿から戻ってきた径子に、欽三が言う。
「霧は音を立てるというが、君、聴いたことがあるかい?」
 濃い霧は音を立てるものだと、かつて聞いた話を思い出し、愛人に問う場面。径子の返事は素っ気なく、会話は疲れたとか、ゴルフがうまくなったとか、別の話題になる。

 「濃い霧は音を立てるもの」というのが、この小説のタイトルの意味なのか。

 濃い霧=「K市から出てきた女」なのか、大塚欽三の周りで起こった出来事・事件全般なのかは不明。「K市から出てきた女」は桐子=キリコで、「霧」と「桐」がかかっているという解釈もあり、「霧の旗=桐子の旗」ともとれるが、意味が薄い。

 1959年に「婦人公論」に連載されたということは、1909年生まれの松本清張が49歳から50歳にかけて執筆した作品。作品に出てくる弁護士・大塚欽三は、原作では「52歳」と描写があるので、ほぼ当時の清張の実年齢に近い。

 今、同じくらいの年齢の私としては、確かに五十路ともなると、あらゆる意味で「霧」が迫ってくる感覚がある。

 目はかすみ、体は疲れやすくなり、実生活の様々な出来事も、モヤモヤすることが増える。

 「音もなく忍び寄る恐怖」も恐ろしいが、音を立てて迫りくる恐怖はもっと恐ろしい。

 「濃い霧は音を立てる」の真意を知りたくて検索したら「霧の音(きりのね/きりのおと)」という映画や歌謡曲や戯曲や短歌などが多数出てきた。どいうやら昭和のある時期までは「霧の音」や「霧は音を立てる」という概念が、ある種「おしゃれ」な表現だったのかもしれない。

 結局「霧の旗」のタイトルの意味するところははっきりしないが、「霧=もやもやしてはっきりしないもの」だが、振りかざしてはためかせると音を立てて恐怖を与えてくる、とでも解釈するべきか。

 松本清張は1957年公開のフランス映画「眼には眼を」に触発されて「霧の旗」を書いたと言われており、「眼には眼を」のあらすじは、妻を亡くした男が、診察を断ったフランス人外科医に復讐する話。

 タイトルの「霧の旗」の意味と、映画「眼には眼を」のあらすじに関連性はないが、
「人間は人間を裁くことができるのか?」
 というテーマは共通性がある。

 裏返せば「法だけが人を裁くのか?」という問いかけをしたかったと解釈もできる。


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松本清張「霧の旗」ネタバレあらすじ

 結論から先に言うので、本当にネタバレ注意です。知りたくない方は、ご遠慮ください。

 「K市から来た女」桐子の依頼を断った弁護士・大塚欽三。
 結果的に桐子の復讐は成功し、大塚欽三は弁護士としての信用を失うばかりか、あらゆる役員を辞職し、最後には「弁護士という職業も辞した」という結末。そして「桐子の消息は消えた」という言葉で物語は終わる。

 大まかなあらすじ。

 強盗殺人の犯人として無実の罪を着せられた兄を救うため、九州のK市に住む20歳のタイピスト・柳田桐子は、東京の有名弁護士・大塚欽三の事務所へはるばるやってくる。しかし、桐子に高額な弁護費用が払えないとわかった大塚欽三は弁護を断る。

 桐子の兄は無実の罪を着せられたまま、獄死(一審では死刑判決。控訴し二審で審理中に獄死)。「兄は汚名のままに死んだ」というハガキを桐子から受け取った大塚弁護士は、罪の意識から裁判資料を取り寄せ、読み込んでいくうちに矛盾点に気づき、「これは無実の罪だ」とわかる。しかし、桐子の知人から探りを入れらた時も「何も知らない」と言い張る大塚弁護士。

 兄の死後、上京して銀座のバー「海草」で女給をやっていた桐子は、店のマダムの弟・杉浦健次の殺害現場を目撃してしまう。そこは、健次が給仕頭として勤務している高級フランス料理店「みなせ」の女性経営者・河野径子と密会するために借りた家。そして、その殺害現場には径子も現れた。

 「わたしがやったのではありません」径子は叫び、桐子が「海草」の女給だとわかると、「証人になってほしい」と言い残して立ち去る。桐子はその時、健次がかつて大塚弁護士を知っていたことや、河野径子と大塚弁護士の間にも何らかの関係があることを嗅ぎつけ、現場に落ちていたライターを隠して、代わりに河野径子が落として行った手袋を遺体のそばに残す。

 健次殺害の容疑者として、「みなせ」の女主人・河野径子が逮捕された。径子は実は、大塚弁護士の愛人でもあった。径子から証人になることを求められた桐子は「知らない。そんな所へは行っていない」と主張する。追い込まれた径子は、検事に自分は大塚弁護士とも愛人関係にあったと供述。有名レストランの女主人と、有名弁護士の不倫スキャンダル(径子は夫と別れているが、大塚弁護士には妻がいる)は世間をにぎわせる。

 大塚弁護士は、愛人である径子を助けるために、径子が言う「現場に落ちていたライター」を桐子から取り返すために、桐子の元にやってくる。桐子はたくみに大塚弁護士を翻弄し、ついには自宅に呼び寄せ、無理やりに近い形で男女関係を結ぶ。

 翌日、桐子は河野径子を取り調べている検事宛に内容証明の手紙を送る。その内容は「大塚弁護士は愛人を助けたいあまり、私に執拗につきまとい、行ってもいない場所に行ったという偽証を強要され、挙句の果て肉体関係を迫られ、穢(けが)された」というもの。検事から呼び出され、手紙を見せられた大塚弁護士は、桐子が復讐のためにそれらの行動を起こしたと知りつつ、手紙の文面を否定できない。

 証人に偽証を強要したことの恥ずかしさと、弁護士生命を失ったことを悟った大塚弁護士は、あらゆる弁護士界の役員を辞職し、弁護士という職業も辞して、「煉獄」に身を置く(永遠の責め苦を受ける立場に身を落とす的な意味)。桐子は東京から消える。

松本清張「霧の旗」の解釈

 女の復讐劇ではあるが、松本清張が「霧の旗」を執筆する際に着想を得たと言われている映画「眼には眼を」との大きな違いは、桐子が計画的に復讐したわけではない、という点。

 あらゆる偶然が重なって(あまりに人間関係等、偶然すぎな部分もある)、最終的に健次殺害の現場に遭遇した桐子が、とっさに取った行動(ライターを隠して、径子の手袋を残す)から、一気に復讐劇に転がっていく展開。復讐劇は全体の中の終わりの方4分の1くらい。そこに到達するまでの4分の3は大塚弁護士が取り寄せた「実況見分調書」が長々と出てきたり、同じ話が説明口調で繰り返し出てきたりする。

 元々は雑誌連載だったので、途中から読んだ人にもわかりやすように、繰り返し説明があるのはわかるが、書籍化する時にはもう少し再編集されてもよかったのでは、という気もする。

 なお、あらすじに補足すると、桐子が健次の殺害現場に行き着いたのは、同じバーで働く信子が健次と交際しており、最近様子がおかしいから尾行して、行動を探ってほしいと頼まれて、たどり着いたのが一軒の家。そこで健次が殺害されていたのだ。

 健次は桐子が勤めるバー「海草」のマダムの弟。桐子が「海草」で働くようになったのは、「海草」のマダムが同郷のK市の人で、店で働く女給の多くもK市の出身。兄が亡くなったあと、昔の知り合いだった信子が店に呼び寄せ、K市出身のマダムも「妙なことがあって、うちにひきとった」と客に言う。桐子は住むところもなかったので、信子のアパートに同居しており、信子とマダムの弟・健次が交際していることも知っていたが、健次が径子とも関係を持っていていたことや、その径子は大塚弁護士の愛人でもあるということは、健次が殺害されてから気づく。

 大塚弁護士は最後に「証人に偽証を強要した」と自分の行動を恥じるが、実際には、現場にいたのに「そんな所へは行っていない」と言い張っていた桐子の方が偽証をしていた。しかし、検察には桐子の「行っていない」が真実と受け取られ、径子のために現場にいたと証言して欲しいと懇願した大塚弁護士の行為が「偽証を強要した」ことになって、大塚弁護士はいわゆる「弁護士廃業」となって物語は終わる。

 復讐劇と言っても、真犯人を見つけたり、恨みのある大塚弁護士を死に追いやったりというものではい。大塚弁護士はスキャンダルにまみれ、弁護士としての信用を失い、妻も実家に帰ってしまい、最後には弁護士を辞めてしまうという復讐。

 ちなみに、最初に出てくる「無実の罪で濡れ衣を着せられ獄死した兄」と「健次殺害」の本当の犯人は同一人物。ヒントは「犯人は左利きだった」という点。物語の中盤で大塚弁護士がそれに気づくのだが、特に原作では、犯人が逮捕されたり、真実が語られる場面はない。ネタバレと言いつつ、あえて真犯人のことは伏せておきましょう。

 なお、桐子に近づいてくる雑誌記者・阿部啓一は、桐子に恋愛感情があるのかもしれないが、結局最後まで何の進展もない。

 映画やドラマでは、オリジナルのアレンジが加わることが多い松本清張作品。映像作品では原作とは違う描かれ方をするものと思われる。

 未見ですが、山口百恵さんバージョンの映画が人気あるようだ。ちょっと影のある女性といったら、やっぱり百恵ちゃん。


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 近々再放送予定の市川海老蔵さんバージョンもDVD化されている。


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 また原作では、東京から桐子の消息が絶えたところで物語が終わっており、兄の無実の事件の真犯人や、健次殺害の犯人、健次殺害の容疑者として逮捕された河野径子がそれからどうなったのかは語られていないが、映像作品では真犯人逮捕のストーリーなども追加されているようだ。

 最後に、これは時事ネタになるが、「霧の旗」の「有名弁護士と、レストランの女経営者の不倫スキャンダル」というのが、連日報道されている「某有名女優とレストラン経営者の不倫スキャンダル」に似ていて、なんだかその部分はいろいろ連想してしまう(もちろん、無関係なんだけど)。

 くわしい描写がないが、大塚弁護士は少なくとも「52歳で妻がいる」人であり、レストラン経営者の河野径子は、年齢はくわしく書かれていないが「三十一、二くらいのきれいな女(ひと)」で、大塚弁護士と出会ったのは夫との離婚を相談したことがきっかけという描写があり、これから原作を読む方は、それを念頭に置いて読んだほうがいい。そして、ドラマの結末を観て「結局、何が復讐だったの?」と思った場合、現在の某女優さんが「不倫」で大きくイメージを落とし、バッシングされている騒動そのものを置き換えて、大塚弁護士に当てはめてみるとわかる。

 先週再放送されていたのは内田有紀バージョンの「地方紙を買う女」だったが、その、今スキャンダルの渦中にある某女優さん主演バージョンの「地方紙を買う女」もあります。くわしくは→松本清張『地方紙を買う女』原作ネタバレ

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