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松本清張『地方紙を買う女』原作ネタバレ

テレビで紹介

 松本清張さんの推理小説「地方紙を買う女」をご紹介します。

 推理小説のネタバレとなりますので、
「結末を知りたくない」
 という方は、お読みにならないでください。

松本清張没後30年

 その前に、このブログを書こうと思ったきっかけについてお話しいたしましょう。

 2022年3月27日の夜、過去にわたくしが長々と書いた『米倉涼子版松本清張ドラマ「疑惑」ネタバレと映画版・原作版との違い』へのアクセスが急増したことから、
「どこかで再放送でもしているのかな?」
 と思って調べたところ、BSで田村正和版の「疑惑」が再放送されておりました。

 なんでも、2022年は「松本清張の没後30年にあたる」年だそうで、BS朝日では3月末に「テレビ朝日がこれまでにドラマ化してきた、松本清張原作の数々の作品を一挙放送」とのこと。

 「疑惑」は私も好きな作品で、過去に映画・ドラマと様々なバージョンを何度も観てきたので、田村正和版の「疑惑」を改めて視聴するまでもなかったのですが、なんとなくダラダラと観てしまい、そのあと続けて放送された、田村正和版の「地方紙を買う女」も続けて観ました。

 松本清張の「点と線」や「ゼロの焦点」「砂の器」「鬼畜」など、代表作は原作も読み、映画・ドラマも沢山観てきたつもりです。しかし「9回も映像化された」という「地方紙を買う女」はこの時初めて観ました。

 ドラマを観始めてすぐに、
「何か変なストーリーだな」
 と違和感が半端なかったので(大臣秘書の妻が現役の銀座ホステスとか・・・)原作のネタバレ記事を検索しました。

 わたくしの探し方が悪いのかもしれませんが、映画やドラマのあらすじを紹介したサイトはあるものの、原作に関する紹介記事はなかったので、早速電子書籍を購入しました。

 その一部をご紹介します。

小説「地方紙を買う女」のあらすじ

 原作の「地方紙を買う女」を電子書籍で早速買いました。

 表題にはありませんが、こちらの短編集に収録されています。


顔・白い闇 (角川文庫) Kindle版

 結末はドラマとは似ても似つかぬものでした。

 また、トリックの一部も、原作とは大きく違いました(田村正和版の「地方紙を買う女」に限っての話ですが)。

 ここからは、解説もまじえて、あらすじのご紹介をします。

 まず、原作が書かれたのは1957年であり、1945年の「太平洋戦争の終戦」からわずか「12年」しか経っていない時期であることを念頭に置いてください。

 主人公の潮田芳子は、東京の千歳烏山に住み、渋谷のバーで女給(今で言うホステス)をしながら暮らしています。

 そんな芳子が、K市で発行されている地方紙『甲信新聞』に購読を申し込む。

 原作には『東京から準急でも4時間くらいかかるK市』とあり、富士山や甲斐駒ヶ岳の描写もあることから、このK市は「山梨県甲府市」を連想しますが、原作には明記されていません。おそらく、あとあと青木ヶ原樹海や自殺の名所のような描写も出てくることから、今で言う「風評被害」のようなものに配慮して、場所を特定しない表現にしたのだと思われます。

 芳子は現金書留で新聞代金を『甲信新聞』に送り「直接購読」を申し込む。

 インターネットが普及した現在では、地方のニュースや出来事も瞬時にわかりますが、原作が書かれた1957年には「全国紙に載らないような、地方の小さな事件や出来事を知るには、その地元の地方紙(地方新聞)を郵送してもらって読む」しかなかったことも考慮しなくてはストーリーが理解できません。

 芳子が現金書留に同封した「貴紙連載中の「野盗伝奇」という小説が面白そうですから・・・」という手紙は、新聞社の者から作者の小説家・杉本隆治に伝えられ、杉本はわざわざ芳子あてに礼状を送ります。

 しばらくして芳子は、翌月分の新聞代金を請求されたことに反応して、新聞社あてに「小説がつまらなくなりました」という理由で、これ以上の購読の意志がないことをハガキで伝えます。

 作者の杉本は、新聞社から回送されてきた芳子のハガキを読んで、不愉快になると同時に、違和感をおぼえます。そもそも芳子は小説を最初の回(第1回)からは読もうとはしていなかったし、そもそも東京在住の芳子がなぜ、K市の地方紙に連載中の小説の存在を知っているのかも不思議でした。

 疑問を懐きながら散歩に出た杉本の描写に「このあたりは武蔵野の名残がある」とあり、杉本も住んでいるのは東京です。
「「野盗伝奇」は、彼が、地方新聞の小説の代理業をしている某文芸通信社のために書いた」
 という描写もあるので、作者が東京に住みながら地方新聞へ連載することは、1957年当時から可能だったのだと思われます。

 芳子に違和感と不信感を抱いた杉本は、掲載誌として作者の元に届けられ、ファイルされている『甲信新聞』の過去記事を調べ始めます。

 芳子が『甲信新聞』を購読していた短い間の記事から、杉本は「Y県の何処かと東京を結ぶ」内容に焦点を当てて探し回ります。「臨雲峡」の山林中で発見された東京の某デパートの従業員男女の心中死体の記事を見つけた杉本は、
「東京とY県を結ぶ線は、これより他は無い」
 と確信し、芳子の本当の目的は自分の連載小説ではなく、この記事見たさに新聞を取り寄せたに違いないと思うに至ります。

 ちなみに「臨雲峡(りんうんきょう?)」という地名はフィクションです。作中にはそこが「自殺や情死の名所」と書かれていますが、実在しない地名のようなので、青木ヶ原の樹海のような場所と個人的に連想しました。このあたりがはっきりと地方紙が発行されている町の地名を書かず「K市」と表現されている理由と思われます。

 杉本は私立探偵に依頼して、芳子の身の上やバーでの人間関係を調べさせます。

 やがて杉本は探偵から、「臨雲峡」で心中した男女の男の方、某デパートの警備員だった庄田が、芳子の勤めるバーで客として何度も目撃されており、女給の芳子とは「情人関係」であったと報告を受けます。杉本は早速、芳子の勤める渋谷のバーに出向き、芳子を指名して、自分が「野盗伝奇」の作者だと明かしたうえで、探りを入れ始めます。

 杉本があの手この手で芳子にカマをかけると、芳子は自分の犯行が露見するのを恐れ、同じ手口で杉本を殺害しようと企み始めます。

 しかし、そこは杉本も当然警戒しており、芳子の計画にハマったふりをして、直前で危機を回避します。

原作『地方紙を買う女』結末のネタバレ

 さて、ここからは推理小説の結末のネタバレになります。原作をまだ読んでないので、結末は知りたくないという方はご注意ください。

 田村正和版のドラマでは、芳子が罪を認めて自首するというストーリーでした。

 原作では全く違う、悲劇的なラストです。

 余談ですが松本清張原作の小説がドラマ化される時には、悲劇的なラストがハッピーエンドのようなストーリーに変えられることがよくあります。市原悦子さん主演で何作もシリーズ化されたドラマ「家政婦は見た」も、元々は松本清張原作の小説「熱い空気」が元になっていますが、これなども、原作では悲劇的な終わり方なのに、ドラマはハッピーエンドでした。

くわしくはこちら>>>松本清張「熱い空気」米倉涼子版ドラマのあらすじ(ネタバレ)

 ちなみに、「地方紙を買う女」を最初に映像化した映画「危険な女」では、比較的原作に忠実に、悲劇的な終わり方にしたようです(あらすじしかわかりませんが・・・)。

 原作では、芳子は最後に自ら青酸カリ入のジュースを飲んで、自殺したことになっています。

 といっても原作にその場面の描写はなく、ただ、最後のページで作家・杉本の元に、芳子から遺書が届いたことになっており、遺書の最後に、「毒はジュースに入っていた」と告白があり、「これから、それをわたしが飲むところです・・・」という言葉で終わっています。

 芳子が二人を心中に見せかけて殺害したのは、ようやく戦地から復員する夫に、警備員・庄田との関係を知られたくなかったから。

 最初にも書いたとおり、原作が発表された1957年は、終戦からわずか12年しか経っていない時代です。

 作家の林真理子さんの実父は、徴兵されたまま戦後、中国共産党の共産主義に傾倒し、無事だという便りだけが届いたまま、10年間日本には帰ってこなかったそうです。

 何が言いたいかと言うと、実際に、戦争が終わっても10年くらいは日本の土地を踏まなかった人というのは、確かにいたのだということ。

 「地方紙を買う女」の最大の悲劇も、芳子の夫が満州に行ったきり、何年も帰ってこない点だと思います。

 「社会派」と言われる松本清張ですから、「まだ戦後は終わっていないんだ」ということを、この作品で訴えたかったのではないか、とも思います。

 奇しくも、この作品が書かれた1957年の前年、1956年度の『経済白書』の序文に書かれた有名な一節が、
『もはや戦後ではない』
 でした。

 松本清張の反骨精神に、この言葉が火を着けたのかもしれません。作者は反語的に「いや、まだ戦後なんだ」と言いたくて、この小説を書いたのではないでしょうか。

 ビビアン・リー主演の映画「哀愁」も、戦地に行った夫(婚約者)を待っている間に、女性の身の上に起こる悲劇と、悲しい結末を描いています。ちょっとそれにも似ているかな?と思いました。


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田村正和版ドラマ「地方紙を買う女」の感想

 田村正和版のドラマでは、芳子の夫が「代議士の秘書」に置き換えられていましたが、それだと全く別の話になって、全体のイメージも変わってしまいました。

 時代設定を現代に変えたことにより、「戦地から帰ってくる夫を待ちながら、女給をして暮らしている女」という設定には無理が生じました。そこで苦肉の策で「代議士秘書の妻」にしたのはわかりますが、それだと主人公の「戦地に行った夫を待っている」という健気さや、「だが、女が一人で生きていくのは厳しく、仕方なしに女給をやっている」というどこか物悲しい背景がなくなってしまいます。

 ドラマの中では、芳子の夫が、小説家・杉本に対して、
「妻がホステスの仕事をやっているのは、ストレス解消のため」
 と短く伝える場面があります。原作の「生活ために、やむにやまれず」という大事な部分が抜け落ちて、単なる娯楽や趣味でやっていることになると、「まだ戦後は終わっていないんだ」という作者の一番言いたかったことも、ぼやけてしまいました。

 「男女二人を同時に殺害し、心中に見せかけた」という殺害のトリックだけが残され、その背景にある社会的な悲劇性は全部排除されて、単なる娯楽作品にしてしまうなら、ドラマ化する意味すらないのでは?という気がします。

 松本清張の小説はどれも、トリックや結末よりも、そこに至るまでの悲劇性や、やむにやまれぬ事情の部分こそが読み応えがあるのに、なんとも残念な結果でした。

なおドラマはアマゾンプライムビデオで、動画配信があります(有料)。

くわしくは>>>松本清張 二夜連続ドラマスペシャル 第一夜 地方紙を買う女~作家・杉本隆治の推理

関連情報:市原悦子「家政婦は見た」の原作・松本清張「熱い空気」 はこちら>>

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