映画『近畿地方のある場所について』を見た感想

当ページのリンクには広告が含まれています。

 Netflixで映画『近畿地方のある場所について』を見た。

 先週、朝日新聞で著者の背筋さんのインタビュー「背筋さんが語る職業としてのホラー作家 「誰かの死」扱っている事実 忘れず」を読んで興味を持ったからだ。

 原作は読んでいないが、Netflixに映画があったので、とりあえず見たわけだが・・・

目次

映画「近畿地方のある場所について」の感想

 ネット上でまず感想を検索したら、前半はよかったけど、後半がよくないという感想や、結末がだめという感想が多い。
 私もそう思った。

 そして多くの感想が「原作は読んでいない」という前置き。

 原作との比較をしている人の意見では、映画は原作とかなり違うらしい。

 去年、雨穴さんの「変な家」を読んだ。
 (感想はこちら→読書日記|雨穴「変な家」の解説と感想

 「変な家」は原作を読んだあと、アマプラで映画も観たはずなんだが・・・完全に忘れていた。
 今、自分が書いた過去記事のあらすじを読んで、ちょっとは思い出したけど、何の余韻もないストーリーだった。

 「近畿地方のある場所について」も、「変な家」同樣の「モキュメンタリーホラー」なので、どうにも同じ臭いがする。

 つまらないわけではない。
 映画はそれなりに、恐怖やドキドキ感という点では楽しめる。

 だけど、なんだろう。「リング」のような、一種何かを解決して、「助かった」とか「こうするしか無かった」という決着がつかないまま、ただ「怖い」で終わった感じ。

 伏線回収しろとは言わないが、様々な恐怖や超常現象の理由が、それ?という肩透かしのような感じが否めない。

 あと主人公?の最後も納得できない。

 菅野美穂は、こういうホラー作品にも出るんだ・・・と一瞬思ったけど、『富江』にも出てたことを思い出して、納得した。どこか不気味な存在ではある。

 ただネット上では「菅野美穂の芝居が棒」という意見も多数あった。
 おそらく本人の演技力ではなく、監督からの指示?そういう演出?と思いたい。

 赤楚衛二は2年前、映画館で見た「もしも徳川家康が総理大臣になったら」の坂本龍馬の印象が強くて、
「え?本当に同じ人?」
 というくらい、演技の上での役作りはよくできていたと思う。
 (過去記事は→映画「もしも徳川家康が総理大臣になったら」の感想

 ストーリーはあるようで、ない。
 失踪した編集長と、その謎を、部下とオカルトライターが解く話。

ホラー映画に必ず出てくる事故物件と心霊現象

 ホラー小説やホラー映画につきものの事故物件。

 たいていは、
「昔、この家でとても不幸な出来事があったんだ」
 から始まる、家族崩壊の話や、子どもや親の不幸な事件、事故、自死の話。

 不幸な最後をとげた人物が、化けて出る。
 生きた人間につきまとい、憑依し、恐怖を与える。

 呪われたり、取り憑かれたりした側の生きた人間は、その心霊現象に影響されて、だんだん、おかしな方向へとさまよい出していく。

 「近畿地方のある場所について」では、最初に編集長が、続いてその部下・小沢君が、だんだんおかしくなっていく。

 元・事故物件の不動産所有者だった私にとって、この手の話は「またか」といううんざり感はある。
「あそこで、〇〇◯になって、✕✕の人が死んだんだってよ」
「あの場所で、不幸な亡くなり方をした人がいるんだよ」
「霊が成仏してないらしいよ」
「化けて出るらしいよ」
「恐怖の館だよ」
「心霊スポット」
「超常現象」
「怖っ!」
「え!」
 ・
 ・
 ・
 正直・・・・・いい加減にしてほしい、という気持ち。

 単純に「きゃー」とか言えている人は、自分は幸せな人生を送ってきたのだと気づいてほしい。

 そうでない人。
 私のような元・事故物件の所有者。

 私のような「家」に関して訳ありの人は、この手の事故物件がらみの不幸→霊になって出る話を見たり読んだりしていると、だんだん腹が立ってくるんだよ。
 もちろん、作者や監督に悪口や文句を言いたいわけじゃない。
 
 少し前、藤田ニコルのお宮参りの報告に対する一部の批判に、乙武さんが「みんな平気で自分の写真を載せてるけど、手足ない人の気持ちを考えたことありますか?…という世界線にしたいのか」とユーモアを交えて反論し、SNSで大きな反響を呼んだ出来事があった。

 それと同じで、ホラーや怪談ににちいち「本当に身内を不幸なかたちで亡くした人の気持ちを考えたことありますか?」と言うつもりはない。
 「人の不幸を、エンタメ化しやがって」とか「フィクションだって前置きすれば、何やってもいいのか」と、ディスるつもりもない。

 実は、幸せ・不幸せに関係なく、死は誰にとっても隣り合わせの恐怖。自分や家族や、最愛の人が「明日、死ぬかも知れない」のは皆同じ。

「ホラーは死の恐怖を和らげるためにある」
 という説もある。

 その意味は、ホラーで疑似的な死や危機に直面することで、脳に「恐怖に耐え、それを乗り越える力がある」と学習させ、結果として死に対する漠然とした不安を和らげる効果だと言われている。

 本当に自分が嫌なら、見なければいい、ということだ。

 見てしまった以上は、文句を言うのは筋違いだとわかっている。

 だけど、どうしても、素直に受け取れないというか、自分自身の過去の出来事をいちいち引き合いに出して、「そんな、ひどい」だの「ありえないだろ」だの、心の中のざわめきが、他者より大きいことは実感した。

 いつものことだけど。

 原作は映画とはかなり違うらしい。
 原作もずっと、読んでみたいと思っていたので、この機会に読もうかな。


近畿地方のある場所について

#苦しんだ事故物件 - ブログ村ハッシュタグ
#苦しんだ事故物件シリーズをまとめて読む

目次