Amazonの電子書籍読み放題サービスKindle Unlimitedで読んだ本の要約と感想です。
あるネット広告を見たことから、
「私って、ひょっとしてADHDなのかな・・・」
と思いました。
あるネット広告の件は別記事でくわしく書いています。
【詳細はこちら】
私はIQ134の43歳。起業6回小説も4冊書いたというネット広告
子供の頃からのひどい遅刻グセと忘れ物の多さ。それだけで自分はADHDと決めつけるのは良くない。学校も仕事も、普通にできていた。だから問題ない。医療機関で診断されたわけでもないし、今すぐ診断したほうがいいというほどの症状でもない・・・・
でも、
だからといって、
全く問題ないとも言えない私。
私って境界線上(グレーゾーン)のADHDなのか?
会社員時代(遠い昔)に、何度も遅刻で注意を受けました。
こんな言い方したらアレだけど、仕事はできたのよ。
だったからクビとか、閑職に追いやられるとかはなかったけど、まあ半期に一度くらい上司に別室に呼ばれて、「もう少しちゃんと、定時出社できないのか?」の注意はありましたね。
まあ、なおらないよ。私の遅刻グセ(言い訳)。だって親も遅刻魔だったしね(遺伝性?)。
学校行事や観劇、映画館、旅行先、いつも定刻通りに間に合った記憶がない。
そして忘れ物ね。小学生の時は本当にひどかった。
その私の「忘れ物のひどさ」が再燃したのが、我が子の幼稚園時代。
子どもが幼稚園に通うようになってから、頻繁に園から電話がかかってきて、
「集金の締め切りが昨日までだったのですが、おたくだけまだです」
「今日までに提出することになっていた書類がまだ出ていません」
「お子さんのバッグに、今日使う予定の◯◯が入っていません」
わあああー、てプチパニックになる私。
一度など、子どもに持たせる水筒のシリコンパーツを付け忘れたままお茶を持たせ、そのせいで水筒からお茶がダダ漏れになって、子どもの幼稚園バッグの中身(出席確認のシール帳とか、着替え用の体操服)が全部、びしょ濡れになったこともある。
私自身は忘れ物が多かった小学生時代から徐々に成長し、社会人となって、忘れ物に関するトラブルは克服できつつあったの。
だけと、痛感したのは、
「自分のスケジュールや忘れ物はコントロールできるが、自分以外(この場合、我が子)のスケジュールや忘れ物までコントロールすることは、難しい」
だった。
子どもが生まれてから幼稚園入園までは、たいしたスケジュールはない。せいぜい年に数回の健康診断や検診があるくらい。
しかし幼稚園では毎日異なるスケジュールがあり、週単位、月単位でイベントや保護者参加のプログラムがある。それに私は対応できなかったのだ。
そこでスマホのカレンダーアプリやスケジュールアプリを駆使してみたけど、私に関しては通知やリマインダーが何の役にも立たないことがわかった。
そもそも「水筒のシリコンパーツを忘れずに取り付けること」なんて、リマインダーで通知できるものでもないしね。
最終的に「手帳に手書き」というのが、私には最適だった。
人生ほぼ「アナログ」で生きてきた昭和世代だから、手書きに勝るものはなく、そこから「手帳・命」ライフが始まったけど、今のところトラブルは回避できている。
ただまわりを見渡すと、そんな手帳を握りしめて鬼の形相で「スケジュール、忘れ物、大丈夫かな、大丈夫かな」なんてママはほぼいない。学校行事の説明会などでも、必死にメモしてい聞き逃さないようにしているのは私くらいで、なんだかガリ勉タイプの優等生気取りみたいに誤解されそう。そうじゃなくて、全部メモしないと忘れちゃうからなんだよ。
なにもメモせず「ふん、ふん・・・」と先生の話を聞いているママ達を見ると、やっぱり私の記憶力とか忘れっぽさて、普通じゃないのかなと思う。
軽々に「私、ADHDかな」と思うべきではない。それはわかる。
だけど「ぜんぜん、問題ない」と思って、手帳とかメモとかを怠ると、大失敗をする。
実際、我が子が中学生の時、体育の授業で使う「柔道着」が学校で販売される日を完全に忘れていて、電車に乗って4つ先の駅まで買いに行く羽目になったことがある。往復の電車賃が無駄にかかってしまった。ちゃんと日程を覚えていれば、学校で買えたのだ。
こういうのって「境界線上」とか「グレーゾーン」と言うのだろうか。
年齢的なものももちろんあるが(もうすぐ、還暦)、子どもの頃からよくあることなので、ただの「歳のせい」ではない。
結論として私はADHDの境界線上と思っている。
そして、今まで特に「ADHDに関するアプローチ」は必要ないと思っていたけど、180度考えを変えた。「ADHDに関するアプローチ」を受け入れるべきだと思った。積極的に取り組んでみよう。そしたら何かが変わるかもしれない、という気持ち。
長々と書いたけど、これは前置きにすぎない。
そもそも、何かを説明しようとして「些末なことでも詳細に語ろうとする」のも、ADHD的思考らしい。こんなに長々と「私って、ADHDかも」エピソードを語る必要もないのだろうけど、ホップ・ステップ・ジャンプで言ったら「ホップ」という精神安定がないと、その先の「本題」が語れないのだ。
高月ゆう「ADHDの私が人間関係を劇的改善した時間管理と仕組化」の要約
今回読んだADHD関連の本はこちら。
ADHDである著者が「時間管理」と「人間関係」に関して、どうのような対策で改善するかを書いた本。なぜADHDの人は時間やスケジュールを管理するのが苦手なのか?先の予定を立てづらいのはなぜか?を解説。
改善のためには、脳の特性を理解し「仕組み」づくりをしていくことが大切。
待ち合わせに遅れたり、そもそも予定を忘れたりして「人間関係」においても亀裂や問題が起きがちなADHD。
筆者はその解決方法のひとつとしてAIを使った「仕組み」づくりを提案。スケジュールやプロジェクトの「可視化」を、アプリやAIを使って実行していく方法が紹介されます。
また「人間関係」においては、すれ違いや亀裂を回避するための「声掛け」「伝え方」を紹介。
さらに、これまでの経験から「自分を責める」ことや「自己否定」になりがちだったメンタルの改善方法も紹介。仕組みの中に「自己肯定感を高める方法」を取り入れることで、肯定感と継続力を育てます。
高月ゆう「ADHDの私が人間関係を劇的改善した時間管理と仕組化」の感想
Amazonのセルフ出版「Kindle ダイレクト・パブリッシング」の電子書籍です。
37ページしかないので、サクッとすぐに読み終わりますが、AIアプリを使ったスケジュールやプロジェクトの進め方の紹介などは、参考になります。
この本の書いてあった、AIを使ったスケジュール管理の方法を取り入れて、1日の家事のスケジュールをチャットGPTで作ってもらったり、夕食の材料と手順をチャットGPTにお願いすると、
「自分で考えなくてもいいから、楽」
という気持ちになりました。
時間管理といっても、そもそもADHDは「脳の特性」なので、練習や学習をして改善するわけではないのだな、と思いました。
これを現代的な視点から「外部脳のAIに丸投げしちゃいましょう」というのが、斬新だし、早速実行してみると「楽だ」とわかる。
じゃあ何でもかんでも、全部AIにおまかせでいいか・・・というと、今度はその作業が「面倒だ」「やりたくない」となりそうではあります。
例えば、実際にやってみたことで、冷蔵庫のある食材をチャットGPTに入力して、「夕食を6時に食べたいけど、この材料で何ができる?何時に何をやればいいの?」と問いかける。するとチャットGPTが全部、メニューからレシピから、何時何分に何をやってくださいということまで考えてくれる。
1回目にやった時は「めちゃくちゃ楽だし、便利だな」と思った。
だけど翌日、2回目に同じようにやってみると「いちいち食材を入力したり、時間通りに実行したり、ちょっと面倒かも。もっとざっくり、適当にやりたいな」という気持ちになった。
なので、全てを丸投げするわけではなく、「ここぞ」という時にはAIを活用する。
それ以外は、もっと沢山のADHDに関する本を読んで、どうすればいいかを学習したいと思います。
今、私のマインドは「よーし、ADHD関連本を読みまくるぞー!」です。
しかしAmazonの電子書籍の過去の履歴を見ると、過去にも同じマインドになって、何冊かの電子書籍がすでに購入済みとなっていました。
これこそがADHD的な「忘れっぽさ」だと思います。
また、例え話になりますが、食べ放題のバイキングレストランで「よーし、お腹いっぱい食べるぞ」と、皿に山盛りの料理を取り分けたものの、すぐにお腹いっぱいになってしまい、食べきれないというのに似て、すぐに「もう嫌だ」「飽きた」「無理だ」となりがちなのも、ADHD的ではないでしょうか。
先の見通しが効かない。未来を予測するのが苦手。計画的に事を運べない。ADHDにはこれらの特徴があるようです。
せっかくやる気になっても、途中で投げ出す。
これこそが、ADHD。
どうすれば最初のモチベーションを維持して、「やる気になった事」を継続できるのか。
そういえばうちの押入れには、私がやる気になって始めた趣味の道具が沢山うもれている。タティングレース、クレイ粘土、スワロフスキービーズ、カルトナージュにデコパージュ。がま口作りやカバン作りも一時期ハマって材料を買い漁ったが、今は放置。つい最近手を出したレジンのグッズも恐ろしい勢いで増えつつある。
今、思うと、これらの多くの「ハンドメイドのグッズ」も、やる気になって買い集め、すぐに飽きた様々な趣味の「残骸」。これもADHD的なものだったのかと考えると、腑に落ちる。増えないように気をつけたい。

