事故物件を抱えていた。
処分したい、売却したいと思っても、情報が見つからない。
ネット上でいくら、
「事故物件 売却」
とか、
「事故物件 処分」
と検索しても、ホラーや怪談の映画やドラマか、事故物件の買取業者の情報しか出てこない。
事故物件を処分した人の本当の話がない!
事故物件を処分した人の、本当の話が知りたかった。
必死にネット検索して、ようやく「誰にも相談できずに苦しんだ事故物件」という書き込みを見つけ、熱心に読んだら最後に「この話はフィクションです」と書いてあった。
最初に書いておいてよ!
それでもその話はかなりリアルだった。
不動産会社が宣伝としてフィクションで書いた話だったけど、父が孤独死してしまって、実家が事故物件になってしまったという話だった。
私自身、事故物件の実家を相続して処分に困っていたので、時々フィクションとわかっていても、その話を読んだ。
読むとなんだか「私だけじゃない」という勇気がもらえた話だった。
なら私が事故物件の本当の話を書くしかないだろう!
結局、悩みに悩んだ私の「事故物件」もなんとか処分できた。
今思い出しても、辛く、悲しい話だった。
事故物件になったことではない。
「事故物件を私一人が抱え込み、一人でなんとかして処分しなくてはいけなくなった」事が辛く、悲しい。
いろいろ訳ありだったので、通常以上に費用がかかってしまった。
これだけは声を大にして言えることがある。
事故物件になったら、一日でも、一分、一秒でも早く、その不動産は処分するべき!
ということだ。
もしかしたら、高く売れるかもしれないという幻想
実際に事故物件を処分した私の体験から言うと、以下のような幻想は捨てたほうがいい。
「もしかしたら、高く売れるかもしれない」
「もしかしたら、事故物件とバレないかもしれない」
「もしかしたら、将来役に立つかも知れない」
実は、私自身がひそかに「自分が老後に住むという選択肢もあるな」と思っていた。
元々実家だった家なので、なんとか手を入れて、老後の終の棲家にしたらどうだろう。
だけどそれも幻想だった。
まず自分が住むとしても、かなりのリフォーム費用が必要になる。
それに、もう40年も前に出た街に、年老いてから戻る事ができるだろうか。
40年以上都会に住んでいた私が、生まれ故郷とはいえ、街に戻って老後の生活するのは難しい。
親類縁者が沢山いるような故郷ならいいが、実家が事故物件になるような一族である。
言いたくはないが親族も皆、その街を出て、別の地方に移住した。
「いやしかし・・・今、故郷に戻っても、もう誰も40年以上前の出来事なんて、覚えていないだろう。よしんば、覚えている人だって、遅かれ早かれ天に召されるだろう。だとしたら、老後の数年をあの実家で暮らして・・・」
そんなふうに思ったこともある。
いっそ実家をアパートに建て直して、家賃収入で暮らせないかとか、更地にして駐車場はどうかとか、小さい家でも新築してとか、夢は広がったけど、正直資金力がない。
結局、グズグズと考え事をして、先延ばし、先延ばしにしている間に、空き家となった事故物件の庭木は伸び、ブロック塀は崩れ、そのたびに行政から、
「近隣住民からの苦情がきているので、手入れをするように」
という通達が郵送で届く。
あれは本当に、凹む通達だ。
近所ならまだいいが、遠方なので人や業者に頼んで、片付け作業などをしないといけない。
当然、その費用もまた、何万円とかかる。
誰も住んでいないのに、固定資産税も毎年かかる。
なにより、心の中がずっと、もやもや重苦しい。
なんとかしなければという、苦しみがなくならないのだ。
事故物件の実家を手放した今、本当に幸せ
私はおよそ1年前に、なんとか事故物件だった実家を手放す事ができた。
あの相続してから手放すまでの数年間を思い出すと、本当に辛い日々だったと思う。
でも、今はもう、悩みはない。
もう、あの家も、あの土地も、名義は変更されたのだ。
だから当然、行政からの通達も来ないし、固定資産税の請求も来ない。
心底、手放して良かったと思う。
事故物件の実家を手放した詳細に関しては『誰にも相談できずに苦しんだ事故物件の実家をなんとか処分した話』に書いた。
最初に書いた、私が実話だと思って読んだらフィクションだった事故物件の話が、久しぶりに読もうとしたら削除されていた。
なので、今度は私が、同じタイトルで本当の話を書いたのだ。
長くならないようにと、かなり割愛しても、3回に分けて書いたほど、長い話になった。
それでも今、事故物件を手放せず悩んでいる人がいたら、ぜひそちらも読んで欲しい。
#苦しんだ事故物件シリーズをまとめて読む

