20世紀の終わり頃に本が売れ、セミナーなどに若い女性が殺到した斎藤澪奈子(さいとうみなこ)さんをご存知ですか?
残念ながら、彼女は40代前半で乳がんで亡くなっています。
強烈なインパクトで登場し、あっという間に「詐欺」「学歴詐称」と叩かれ、ひっそりと消えていった斎藤澪奈子さん。
でも、私は彼女が好きでした。
※ネット上にある一部の斎藤澪奈子さんに関する記事に「バブルの頃に流行った」という表現がありますが、彼女が日本国内で知名度が高まったのは1990年代後半。つまりバブル経済はとっくの昔に崩壊したあとです。ファッションやロングヘアなどの容姿から、バブルの頃に流行った「ワンレンボディコン」と混同して、「バブルの頃に流行った」と思われるのかもしれませんが、それは間違い。
斎藤澪奈子とは何者なのか?
私は30年以上、週刊文春を愛読しています。
のちに、その週刊文春で斎藤澪奈子さんが「今となっては、叶姉妹の露払い」と表現されているのを見た時は、吹き出してしまいました。
たしかに、派手な見た目や、怪しげな経歴。
沢山あるお金の出どころがどこなのか、よくわからないことや、やたらカタカナ英語を多様する喋り方など、確かに「叶姉妹」に似ているのですが、一つ大きな違いがあるとしたら、彼女は「セクシーさ」を売りにはしていなかったというところでしょうか。
超ミニのスカートに生足・・・という服装や、腰に届くほどのロングヘア、アイライン強めのド派手なメイクはしていた。でも、胸元が大きく開いたようなドレスは着ておらず、上半身はいつもかっちりしたジャケットだったような気がします。
本が数冊出版されて、「ポジティブシンキング」を提唱する彼女のセミナーは毎回満員で話題に(・・・と、当時のファッション誌に書いてあった)。
それから少しして、週刊文春が「学歴詐称」と報道しはじめました。
ちなみに漢字違いの同姓同名に「斎藤美奈子」さんという文芸評論家の方がおられますが、まったくの無関係・別人です。
斎藤澪奈子の本「ヨーロピアン・ハイライフ」
1990年に「ヨーロピアン・ハイライフ」が出版された斎藤澪奈子さん。
またの名をミス・ミナコ・サイトウ。「会社経営者」「ヨーロッパ留学経験者」などの肩書と、その派手な容姿で一躍時の人となり、主に女性誌などで特集されました。
私の記憶が確かなら、本の著者として売れたというより「ポジティブシンキング」を学ぶセミナーの講師。自己啓発とか、能力開発とか、そういったセミナーを開催している、話題の人でした。

メイフェアマーセナリーズに勝手に名前を使われて、チェルシーホテルの会員制プールを利用された話。
レストランで食事してたら、ジャクリーン・オナシスが後ろのテーブルで一人で食事していた話。
サウジアラビアのファイサル家の王子と友達だという話。
・・・・とにかくぶっ飛んだ話が多すぎて、本当か嘘かの前に、単純に読み物として面白いのが「ヨーロピアン・ハイライフ」でした。

ありとあらゆるキーワードが「別世界」「ヨーロピアン」「文字通りのハイライフ」という感じ。
実はわたしは今でも手元に文庫版「ヨーロピアン・ハイライフ」を持っています。
何度読み返したかしれない。

だから「週刊文春」で報道された、斎藤澪奈子さんの「チェルシーカレッジ」「フィレンツェ大学」「ケンブリッジ大学」などの学歴が嘘だというゴシップ記事はとても残念なものでした。
記事では文春側が直接大学に在籍確認を問い合わせたが、斎藤澪奈子さんが正式な学生として在籍していた記録はなかった。入試に合格した正式な学生ではなく、「チェルシーカレッジ」「フィレンツェ大学」「ケンブリッジ大学」いずれも、聴講生とか科目履修生のレベルではなかったのかという内容でした。
こののち、他にもペパーダイン大学卒が偽りではないかと問題になった古賀潤一郎衆議院議員や、コロンビア大学卒が偽りではないかと問題になった野村沙知代、公表していた海外名門校の経歴が虚偽といわれたショーンK、最近も大学卒の経歴が偽りではないかと問題なった前・伊東市長など、いつの時代であれ「学歴詐称」は世の中から激しい批判を受けます。
はなばなしいヨーロッパの名門大学名と、派手な容姿のギャップ。物理化学、ルネッサンス美術史、大脳生理学に基づく成功の法則など、斎藤澪奈子さんの口から発せられる「いかにもヨーロッパ的」な学問の数々と、ポジティブシンキングという当時としては斬新で魅力的なメソッド。それらが相まって一気に人気急上昇した頂点で「文春砲」で叩き落とされた、そんな感じでした。
「出る杭は打たれる」の格言どおりに、彼女は打たれ、消えていった。
どうしても日本的な「人気者へのなり方」として、じわじわ、ひそかに、浸透していく。あるいは「苦節ウン十年」という下積みの結果、花開く。そういった存在でないと、消されるのだな、と私は学んだ。
彼女の学歴が嘘か本当かということが問題ではなく、「どこからともなく現れて、いきなり人気者になろうなんて、許さない」そういう風潮は、当時も今もあって、それによって引きずり下ろされたのだと思っています。
メイフェアマーセナリーズではなくリトル・ソシアル・クライマーズ
「かわいそうな、リトル・ソシアル・クライマーズ」
これは、彼女の「ヨーロピアンハイ・ライフ」の中に出てくる一節。
「ソニアとヴァリーとらくだの王子」の章の結びの言葉だ。
この本の中でも、私が一番忘れられないエピソードであり、一番好きな章。
ソニアとヴァリーは、フランスからイギリスに留学している二人のフランス人姉妹。
らくだの王子は、サウジアラビアの石油王・ファイサル家の王子(息子)。
ファイサル家の王子は澪奈子さんの友人だったという。このへんから少し「本当に?」と驚く。彼女が「土砂降りの雨の中、(中略)譲り受けたヴィクトリア時代のライティング・ビューローを車から降ろそうと悪戦苦闘している時」、偶然通りかかったファイサル家の王子が手を貸してくれて知り合ったそうだけど、ロンドンでは本当にそんな事あるの?役者と小道具、揃いすぎじゃない?・・・・なんて思うけど、まあそれは置いといて・・・
ある日ファイサル家の王子に誘われて澪奈子さんがパーティに参加する。
そこにいたのがフランス人姉妹のソニアとヴァリー。
見た目、物腰、言動から澪奈子さんは、フランス人姉妹を「彼女たちは、メイフェア・マーセナリーズじゃないか?」と疑う。
メイフェア・マーセナリーズとは今で言う「港区女子」そのもの。
玉の輿を狙って、お金持ちの男性目当てに活動している女性のことだ。
澪奈子さんはフランス人姉妹が、ファイサル家の王子目当てでパーティに参加しているのではないかと思う。そして二人が本当に何者なのかを最後まで見届けたいという好奇心が抑えきれず、自分が会員になっているチェルシーホテルのプライベート・プールに誘う。
「毎日午後は泳ぎに行っているから、入口で私のゲストだと言ってネ」
私もいるから、来てね、という意味だった。

しかしそれから2ヶ月、このフランス人姉妹は澪奈子さんのいない「午前中」を狙って、澪奈子さんのゲストだと言ってプライベート・プールをほぼ毎日利用する。
さらに飲食した代金まで、澪奈子さんのツケにしていた。
やがて、その事実をプール係から知らされる澪奈子さん。
驚くやら、呆れるやら。それ以来、澪奈子さんはフランス人が嫌いになったという。
そして澪奈子さんは助っ人の友人を伴って、プールで二人を待ち伏せし、プール係から請求額を提示させて、ツケを精算させる。
「メイフェア・マーセナリーズというのは彼女達より数段洗練されていた」ことから、フランス人姉妹はメイフェア・マーセナリーズですらなく、「二人はただの淋しい、かわいそうな、リトル・ソシアル・クライマーズ」だったとエピソードは終わる。
ここまでのことを本で語っていた本人が、学歴が怪しいというは、壮大なブーメランだった。
あなたもまた、「かわいそうな、リトル・ソシアル・クライマーズ」ではないのか?と疑わずにいられない。
澪奈子さんの父はイギリス人とイタリア人のハーフで、専門はイタリア語だが、日本の外語大でイタリア語を教えたあとに事業をおこし、英語教材を出版する会社を経営していたという。
非常に裕福な家庭で育った印象はあるが、あまりに「ハイ・ライフ」な話は、嘘くさく聞こえてしまう。
田中康夫の小説『なんとなく、クリスタル』を彷彿とさせるような、ブランドや固有名詞を列挙する書き方。
ロンドンの地名や、〇〇カレッジ、〇〇ホテル、など、ネットもスマホもない時代、あたかもその場にいた人だけが知っているようなカタカナ言葉のこれでもかという羅列。
「ご存じないでしょうけど」と言いたげな「メイフェア・マーセナリーズ」などの概念のくわしい解説。
初めて読んだときは、煙に巻かれる感じで、「ははーー」とひれ伏してしまった。
今、改めて読み返すと、彼女のエピソードをインタビューした「西洋文学やヨーロッパ文化に精通した人」が、上手に脚色し、名文に仕立てたような印象だ。
そもそも「そんなに事細かに、記憶があるのだろうか?」というくらい鮮明に、留学時代のエピソードを語っている。
全部、本人がメモしていたか、そうでなければあとで付け足した「脚色」である。もし彼女が驚異的な記憶力の保持者だったなら、これほどの細かい固有名詞や人物描写や音楽・料理・ファッションのキーワード、全部思い出せたのかもしれないが。
今となっては「叶姉妹の露払い」
そして後年、あるコラムニストの方が「叶姉妹」を指して「今となっては、かつて話題となった斎藤澪奈子など、叶姉妹の前では露払い(つゆはらい)のようなものだった」と評していたのには苦笑するばかりだ。
「学歴詐称」と報道されてからの斎藤澪奈子さんは、人気は一気に急降下し、表舞台から消えた。「どうなったのだろう・・・」と数年後に検索したら、乳がんで死去されたと知ってさらに衝撃を受けた。
なんでも一切の近代医学の治療を拒み、ヒーリング的なものや東洋医学的な療法でガンと戦っていたそうだが、それも叶わなかったようだ。
昔、西原理恵子さんと神足裕司さんの「恨ミシュラン」に、こんなエピソードもあった。
「最後の晩餐に何を食べる?と問われた斎藤澪奈子さんが「赤坂「重箱」の『うなぎの白焼』」と言った」。

「ヨーロピアンハイライフ」に書いてあったタラコの燻製「コッドロー」も、25年前にデパートで探しまわったけど見つからず、「いつか絶対、食べるんだ」と誓ったのに、いまだに口にしていない私。
学歴詐称とはいわれたけど、ミス・ミナコ・サイトウが残した「一流主義」を、今も夢見ている私。
そして何度も「ヨーロピアンハイ・ライフ」を読み返すけど、カタカナ表記のキーワードの半分も、いまだに理解していない私。
斎藤澪奈子のアッパー・ローワー
イギリス仕込みの英語で「アッパークラス」「ローワークラス」を流行らせた・・・というか、流行りかけた時点で「学歴詐称」で消えていったともいえる斎藤澪奈子さん。
罪がないと言ったら嘘になるけど、当時はローワークラスに属していたであろう私(いや、今も、か・・・)なぞ、斎藤澪奈子さんの本を読んで、ローワーな振る舞いをしないようにと気を引き締めたものだ。
たしか・・・私の記憶が確かなら、斎藤澪奈子さんの「アッパー・ローワー」を語った書籍『超一流主義』のおまけには、当時バブリーな漫画で人気だった漫画家・中尊寺ゆつこさんの「アッパーローワー」をいじったマンガの小冊子がついていた。

その、中尊寺ゆつこさんも癌で死去された。これは何か因果関係があるのかと思わずにいられない。
あんなに憧れた「ヨーロピアン・ハイライフ」のコッドローや、リッツホテルのアフタヌーンティー、赤坂「重箱」のうなぎ。私はそれらをあきらめて、粗食を食べてローワーな暮らしを続けることにした。
「バブルのあだ花?世田谷用賀の環八沿いにあった、あの思い出の場所」 はこちら>>>
ミスミナコサイトウのお弟子さんではないけれど・・・
当時、澪奈子さんが亡くなられたと知って、いろいろ情報を収集していたら見つけたのがファンの人が集まる掲示板でした。
そのサイトでは澪奈子さんのセミナーのCDや、澪奈子さんプロデュースの化粧品なども取り扱っていたと思います。
そのサイトを運営されていた方が、2022年に電子書籍を出版されています。
Kindle Unlimitedで読めたので、早速読みました。本の中には澪奈子さんの名前は出てきません。「メンター」「女性起業家」とだけ表記されています。
私はてっきり、通販サイトは澪奈子さんのスタッフの方が運営されているのかと思っていましがた、本を読んでそうではなかったのだと知りました。
著者の女性は、純粋に澪奈子さんのポジティブシンキングに感銘を受けて、ファン同士がつながるサイトや掲示板が必要だと思ってサイトを立ち上げた。そして、澪奈子さんの化粧品の代理店になったり、セミナーのCDを販売するために直談判して、卸値でCDを仕入れ、サイトで販売されていた。私が公式サイトだと思っていた澪奈子さんの通販サイトは、その女性が立ち上げた非公式サイトだったのです。
しかし「ポジティブシンキングで100歳まで生きる」と宣言していた澪奈子さんが、45歳で他界。著者はなぜ?教えは間違っていたのか?ポジティブシンキングて結局なに?と思いながら、現在まで、様々な経験をされています。
本はなかなか興味深い内容でした。職種は違うけど「ネットでお金を稼ぐ」という点においては、私も同様の仕事を長年やっているので、大変参考になった部分もあります。
↓その本はこちら

