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夏目漱石『坊っちゃん』現代語訳 第二章

 以下の文は「青空文庫」の「坊っちゃん」を元に、私が現代語訳したものです。
 難しい漢字はひらがな表記にしました。明治的な言い回し、言葉遣いも極力現代風に訳しました。

■底本青空文庫 坊っちゃん 二

目次 ★坊っちゃん 第一章

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ぶうといって汽船がとまると、はしけが岸を離れて、漕こぎ寄せて来た。船頭は真っ裸だかに赤ふんどしをしめている。野蛮な所だ。もっともこの暑さでは着物はきられまい。陽が強いので水がやに光る。見つめていても眼がくらむ。事務員に聞いてみるとおれはここへ降りるのだそうだ。見るところでは大森(東京の地名)ぐらいな漁村だ。人を馬鹿ばかにしていらあ、こんな所に我慢が出来るものかと思ったが仕方がない。威勢よく一番に飛び込んだ。続いて五、六人は乗ったろう。外に大きな箱はこを四つばかり積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻もどして来た。陸へ着いた時も、いの一番に飛び上がって、いきなり、磯に立っていた鼻たれ小僧こぞうをつらまえて中学校はどこだと聞いた。小僧はぼんやりして、知らんがの、といった。気の利かぬ田舎ものだ。猫の額ほどな町内のくせに、中学校のありかも知らぬ奴やつがあるものか。ところへ妙みょうな筒っぽうを着た男がきて、こっちへ来いというから、ついて行ったら、港屋とかいう宿屋へ連れて来た。やな女が声をそろえてお上がりなさいというので、上がるのがいやになった。門口へ立ったなり中学校を教えろといったら、中学校はこれから汽車で8kmばかり行かなくっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやになった。おれは、筒っぽうを着た男から、おれのかばんを二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋のものは変な顔をしていた。

 停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。それから車をやとって、中学校へ来たら、もう放課後で誰もいない。宿直はちょっと用達しに出たと校務員が教えた。ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。校長でもたずねようかと思ったが、くたびれたから、車に乗って宿屋へ連れて行けと車夫にいい付けた。車夫は威勢よく山城屋といううちへ横付けにした。山城屋とは質屋の勘太郎かんたろうの屋号と同じだからちょっと面白く思った。

 何だか二階の楷子段の下の暗い部屋へ案内した。暑くっていられやしない。こんな部屋はいやだといったらあいにくみんなふさがっておりますからといいながらかばんを放り出したまま出て行った。仕方がないから部屋の中へはいって汗をかいて我慢していた。やがて湯に入れというから、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がった。帰りがけにのぞいてみると涼しそうな部屋がたくさん空いている。失敬な奴だ。嘘をつきゃあがった。それから下女が食事を持って来た。部屋は暑かったが、飯は下宿のよりも大分うまかった。給仕をしながら下女がどちらからおいでになりましたと聞くから、東京から来たと答えた。すると東京はよい所でございましょうといったから当あたり前だと答えてやった。食事を下げた下女が台所へいった時分、大きな笑い声が聞きこえた。くだらないから、すぐ寝ねたが、なかなか寝られない。暑いばかりではない。そうぞうしい。下宿の五倍ぐらいやかましい。うとうとしたら清きよの夢ゆめを見た。清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。笹は毒だからよしたらよかろうというと、いえこの笹がお薬でございますといってうまそうに食っている。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。相変らず空の底が突つき抜ぬけたような天気だ。

 旅行をしたら心づけ(チップ)をやるものだと聞いていた。心づけをやらないと粗末に取り扱われると聞いていた。こんな、狭せまくて暗い部屋へ押し込めるのも心づけをやらないせいだろう。見すぼらしいなりをして、帆布のかばんと毛繻子のこうもり傘をさげてるからだろう。田舎者の癖に人を見くびったな。一番心づけをやって驚おどろかしてやろう。おれはこれでも学資のあまりを三十円ほど懐ふところに入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほどある。みんなやったってこれからは月給をもらうんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円もやれば驚おどろいて眼を廻まわすに極きまっている。どうするか見ろと済すまして顔を洗って、部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が食事を持って来た。盆を持って給仕をしながら、やににやにや笑ってる。失敬な奴だ。顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。これでもこの下女のつらよりよっぽど上等だ。飯を済ましてからにしようと思っていたが、しゃくにさわったから、中途で五円札を一枚まい出して、あとでこれを帳場へ持って行けといったら、下女は変な顔をしていた。それから飯を済ましてすぐ学校へ出かけた。靴は磨いてなかった。

 学校は昨日車で乗りつけたから、たいがいの見当は分っている。四つ角を二、三度曲がったらすぐ門の前へ出た。門から玄関までは御影石で敷しきつめてある。きのうこの敷石の上を車でがらがらと通った時は、むやみにおおげさな音がするので少し弱った。途中から小倉織リの生地の制服を着た生徒にたくさん逢ったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高くって強そうなのがいる。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪わるくなった。名刺を出したら校長室へ通した。校長はうすひげのある、色の黒い、目の大きな狸のような男である。やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれといって、うやうやしく大きな印の押された、辞令を渡した。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ放り込んでしまった。校長は今に職員に紹介してやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだといって聞かした。余計な手数だ。そんな面倒な事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。

 教員が控所へそろうには一時間目のラッパが鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。校長は時計を出して見て、追々ゆるりと話すつもりだが、まず大体の事をのみ込んでおいてもらおうといって、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていたが、途中からこれはとんだ所へ来たと思った。校長のいうようにはとても出来ない。おれみたような無鉄砲なものをつらまえて、生徒の模範になれの、一校の模範となる人と仰がれなくてはいかんの、学問以外に個人の徳化を及およぼさなくては教育者になれないの、とむやみに過剰な注文をする。そんなえらい人が月給四十円ではるばるこんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩の一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇とう前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘うそをつくのが嫌いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断わって帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布の中には九円なにがししかない。九円じゃ東京までは帰れない。心づけなんかやらなければよかった。おしい事をした。しかし九円だって、どうかならない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、とうていあなたのおっしゃる通りにゃ、出来ません、この辞令は返しますといったら、校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなくってもいいといいながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めからおどさなければいいのに。

 そう、こうする内にラッパが鳴った。教室の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうというから、校長について教員控所へはいった。広い細長い部屋の周囲に机を並ならべてみんな腰こしをかけている。おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。それから申し付けられた通り一人一人ひとりびとりの前へ行って辞令を出してあいさつをした。たいがいは椅子を離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取って一応拝見をしてそれをうやうやしく返却した。まるで宮芝居のまねだ。十五人目に体操の教師へとまわって来た時には、同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向むこうは一度で済む。こっちは同じ所作しょさを十五返繰り返している。少しはひとの了見も察してみるがいい。

 挨拶をしたうちに教頭のなにがしというのがいた。これは文学士だそうだ。文学士といえば大学の卒業生だからえらい人なんだろう。妙に女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの暑いのにフランネルのシャツを着ている。いくらか薄い地には相違なくっても暑いにはきまってる。文学士だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿にしている。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があったものだ。当人の説明では赤はからだに薬になるから、衛生のためにわざわざあつらえるんだそうだが、入らざる心配だ。そんならついでに着物も袴も赤にすればいい。それから英語の教師に古賀とかいう大変顔色の悪い男がいた。大概顔のあおい人は瘠せてるもんだがこの男はあおくふくれている。昔小学校へ行く時分、浅井の民さんという子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやはり、こんな色つやだった。浅井は百姓だから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いてみたら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子(とうなす)ばかり食べるから、あおくふくれるんですと教えてくれた。それ以来あおくふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬いだと思う。この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違いない。もっともうらなりとは何の事か今もって知らない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。それからおれと同じ数学の教師に堀田というのがいた。これはたくましいいがぐり坊主で、叡山の悪僧というべきつらがまえである。人がていねいに辞令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来たまえアハハハといった。何がアハハハだ。そんな礼儀を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐というあだなをつけてやった。漢学の先生はさすがにかたいものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授業をお始めで、大分ご励精で、――とのべつに弁じたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾の羽織を着て、扇子をぱちつかせて、お国はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉うれしい、お仲間が出来て……私わたしもこれで江戸っ子ですといった。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。

 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の事は数学の主任と打ち合せをしておいて、明後日から課業を始めてくれといった。数学の主任は誰かと聞いてみたら例の山嵐であった。いまいましい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこにとまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」といい残してチョークを持って教室へ出て行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。

 それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩してやろうと思って、むやみに足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布の連隊より立派でない。大通りも見た。神楽坂を半分に狭くしたぐらいな道幅で町並はあれより落ちる。二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だなどと威張いばってる人間は可哀想なものだと考えながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広いようでも狭いものだ。これでたいていは見つくしたのだろう。帰って飯でも食おうと門口をはいった。帳場に座っていたかみさんが、おれの顔を見ると急に飛び出してきてお帰り……と板の間へ頭をつけた。靴くつを脱いで上がると、お座敷ざしきがあきましたからと下女が二階へ案内をした。十五畳じょうの表二階で大きな床の間がついている。おれは生れてからまだこんな立派な座敷へはいった事はない。この後いつはいれるか分らないから、洋服を脱いで浴衣ゆかた一枚になって座敷の真中まんなかへ大の字に寝てみた。いい心持ちである。

 昼飯を食ってから早速清へ手紙をかいてやった。おれは文章がまずい上に字を知らないから手紙を書くのが大嫌いだ。またやる所もない。しかし清は心配しているだろう。船が沈んで死にやしないかなどと思っちゃ困るから、奮発して長いのを書いてやった。その文句はこうである。
「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ心づけを五円やった。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」

 手紙をかいてしまったら、いい心持ちになって眠気がさしたから、また前のように座敷の真中へのびのびと大の字に寝た。今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。この部屋かいと大きな声がするので目が覚めたら、山嵐がはいって来た。先ほどは失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれたので大いに狼狽した。受持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。このくらいの事なら、明後日はおろか、明日から始めろといったって驚ろかない。授業上の打ち合せが済んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕ぼくがいい下宿を紹介してやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいいから、今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば決まりがいいと一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつまでいる訳にもいくまい。月給をみんな宿料に払っても追っつかないかもしれぬ。五円の心づけを奮発してすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引っ越して落ち付く方が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼む事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来てみろというから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極静かだ。主人は骨董を売買するいか銀という男で、女房は亭主よりも四つばかり年かさの女だ。中学校にいた時ウィッチという言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだって人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町で氷水を一杯ぱいおごった。学校で逢った時はやに態度の大きい失敬な奴だと思ったが、こんなにいろいろ世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさそうだ。ただおれと同じようにせっかちで肝癪持ちらしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。

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